ドミートリーメドベージェフ露首相とは誰?ミュンヘン安全保障会議で非難合戦

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ドイツ南部ミュンヘンで開かれている

国際シンポジウム

「ミュンヘン安全保障会議」で13日に

シリア和平やウクライナ問題を巡り

ロシアと欧米諸国が非難合戦を繰り広げました。

メドベージェフ露首相は「我々は新たな冷戦に陥っている」と発言。

一方、欧米側も「露軍はシリアで市民を空爆している」と主張し

根深い相互不信を印象付けたようです。

このミュンヘン安全保障会議での

非難の嵐のニュースで

メドベージェフ露首相がどんな人物なのか

気になる人がいると思いますので

今回はメドベージェフ露首相について

紹介します!

政治家になったきっかけは?

正式な名前は

ドミートリー・メドヴェージェフ

プーチン大統領の後に

2012年5月8日から

ロシアの第10代首相をしています。

1965年9月14日に

サンクトペテルブルクで生まれます。

ちなみに場所はここ

両親はともに教育者で

父親の

アナトーリー・アファナシエヴィチ・メドヴェージェフは

レニングラード国立工業大学の物理学教授だったそうです。

かなり長い名前ですね。笑

そして、祖父のアタナシウス・フョードロヴィチ・メドヴェージェフも

ソ連共産党員でした。

母のユリア・ベニアミノブナは

教育大学でロシア語とロシア文学を教えていました。

一人っ子ともあり、かなり大切に育てられたようです!

かなり、知識人の家庭に生まれて

小さい頃から裕福な生活を送ってきたと

思われがちですが

実は40m² の広さのアパートメントで育っています。

しかし、少年時代のメドヴェージェフは

成績優秀な学生で

すでにこの時から

「将来は法律家になる」

という大きな夢を持ってました。

さらに、勉強だけではなく

カヤックなどのスポーツや

写真撮影、読書

そして何より意外かもしれませんが

ロックに熱中していたそうです!

1987年にサンクトペテルブルク大学の法学部を卒業

学院に進学します。

1990年には専門の私法分野で博士号を取得し

その後

1990年から1999年まで

サンクトペテルブルク大学で非常勤講師として

学生に教えていました。

その一方で

大学時代にアナトリー・サプチャークと出会ったことがきっかけで

政治に興味を持ち始めます。

1989年にサプチャークが人民代議員大会に出馬すると

その選挙運動に参加し

1990年にサプチャークが

レニングラード市ソビエト議長に就任すると

メドヴェージェフは議長参事官に就任しました。

こうして、政治の世界に入っていきました。

ちなみに

家族は奥さんと息子がいます。

妻のスヴェトラーナ・メドヴェージェワとは

小中学校時代の同級生でした。

1982年に学校を卒業後

数年間の交際を経て結婚しています。

1995年に長男のイリヤが誕生している。

今後の、ドミートリーメドベージェフ露首相の動きにも

注目です。

 

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